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休止中にかんがえていたこと

 ご無沙汰しております。

やはり自分はおしゃべりしすぎだと、blogを休止しておりました。

またお休みしておりました間に、facebookを始めました。
とても画期的で、こわいところもあるのですが、「メアドまでしらないけれど知り合い」って人たちにも次々にお友達になってもらって、彼らの日常を日々把握することになりました。
99パーセント知り合いのみで現在240人チョイのお友達、本当に人それぞれの生き方、大切に思っていることの違いを感じ、引きこもりの自分には毎日驚きの連続。

しかしfacebookは友達全員に否応なく情報が送られるわけで、なにを書くかは考える必要があります。
気をつけてはいるけれど、これも書きたいあれも書きたいとなってくる性。
というわけで、blogを再開です。

自分は人より脳で考えすぎてしまうところがあるようです。
それをアウトプットしないと、鬱がどんどん進行してしまうようです。
言葉にしないと、形にしないと

とにかくつらいんです。

制作もそうなんですよね。

学生の時、よく友人と「制作しないと生きていけない、ってタイプじゃないしなー」と話していましたが、
本当はそのタイプなんじゃないかと、思うようになりました。

あふれ出てくるものを、出さないと、どんどんたまって、いきぐるしい。


さっき、日曜美術館を見ていたら、銅版画家 南桂子さんがこんなコメントを残していたようでした。
「生きているときは苦しい。でも銅板をしているときはまぎれる。」

同感です。
制作しているときだけ、集中している、ゆえにどこか楽なところがある。



話はずれますが、年齢のせいもあって、「一人でいること」「家族」について考えることが増えました。
また、テレビを見ていて、NPOの取り組みや、地方を巻き込んでの何らかの団体、もしくは「現代アーティスト」たちの、「人ともつながり、共有」についての考え方も変わってきました。

やはり人は何かしら、他人とかかわって生きてゆきたいと思っている。
一人ではさびしいように、神様は創造されたのだと思います。
偽善的で胡散臭い、と思っていましたが、人々にとっては大切なことなのだろうと。


自分は自分に自信がないし、信じてもいないし、じつはこだわりもあまりなく、意外と器用貧乏なところがあります。
それゆえに、自己満足って、なかなかできない。
他人の評価が、正直一番大事なのです。

では、なにが一番幸せなのか。

じつは、周りの人に喜んでもらう、一緒にいて楽しい、興味深いと思ってもらう、
それが一番の幸せなんじゃないかと。

自分の振る舞いによってそういうことが積み重ねられたら、きっと自信もついてくるのだと思います。


コツコツ彫刻の作業とこのことを、組み合わせることができるかはわかりませんが、
かといって癒し系作品をつくるとか、プロジェクト系の作品に変換するということではありませんが、
今後の人生、模索して新たな目標を立てられたらと思います。


と、いうわけでblog再開します。
とりあえずこの夏は1トンの大理石を彫ります。










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